しあわせの径~本とアートと音楽と

読書、アート、音楽、映画・ドラマ・スポーツなどについてさくっと語ります

直木賞候補作 呉勝浩著「爆弾」を読みました

今夏の直木賞候補になった呉勝浩「爆弾」を読みました。呉勝浩作品は初読み。

東京の中野区野方署に些細な事件で逮捕されたスズキという初老の男が、取り調べに応じているうちに、何か事件が起こりそうな予感がするとあらぬことを取調室で言い始める。

刑事たちは半信半疑でスズキの予感めいた自白を聴いていたのだが、そのうち都内某所で爆発事件が起こる。

仕掛けられた爆弾が爆発したのだったが、それが爆破事件の序章だった。。

スズキの霊感から湧き出る事件の予感はその後も続くが、その予感はクイズのようなヒントをほのめかすだけなので、刑事たちはその難解な予感クイズを解いて時刻と場所の特定を迫られる。

愉快犯にも似たスズキのヒントを頼りに、警視庁や野方署の刑事・警官たちの英知を結集し犯罪者との戦いを強いられる。

起きてしまった事件ではなく、これから起きるであろう事件と闘い都民の命を懸命に救おうとする警察官という設定が、面白くユニークな作品だ。

幸いにもこの物語はフィクションなので、実際に東京の平和が脅かされたわけではないので、読み手はスリリングな展開(頭脳戦のようなゆったり感もあり)を楽しめることになる。

読み進めていて、ある場面で実際の「あの事件」が脳裏をよぎることになった。7月に起きた元首相の銃撃事件である。(この小説は4月に上梓されている。)

差別や格差による疎外感や絶望感を抱える犯人の動機やプロフィールも、あの事件とどこか似たようなところもあるし、あの事件ならずとも今どきの犯罪事件の根底にはこういった社会問題を抜きに語れないことなのだろう。

ともあれ、警察ミステリーとしてよくできた作品で、刑事・警察官や犯人周辺の人たちの内面の闇や人間関係の絡み合い方がよく書けている。映画やドラマになっても楽しめると思うが、本作に登場する東京都内の空間や人間の内面のスケール感が上手く描けるとは思えない気がするのだった。

 

呉 勝浩
経歴    昭和56年/1981年青森県八戸市生まれ。大阪芸術大学映像学科卒。平成27年/2015年に「道徳の時間」で江戸川乱歩賞を受賞して作家デビュー。
受賞歴・候補歴    
|候補| 第60回江戸川乱歩賞平成26年/2014年)「極星クラブ」檎克比朗名義
第61回江戸川乱歩賞平成27年/2015年)「道徳の時間」
|候補| 第19回大藪春彦賞平成28年/2016年度)『ロスト』
第20回大藪春彦賞(平成29年/2017年度)『白い衝動』
|候補| 第39回吉川英治文学新人賞(平成29年/2017年度)『白い衝動』
|候補| 第31回山本周五郎賞(平成29年/2017年度)『ライオン・ブルー』
|候補| 第40回吉川英治文学新人賞(平成30年/2018年度)『マトリョーシカ・ブラッド』
|候補| 第72回日本推理作家協会賞[長編及び連作短編集部門](平成31年/2019年)『雛口依子の最低な落下とやけくそキャノンボール
|候補| 第162回直木賞(令和1年/2019年下期)『スワン』
第41回吉川英治文学新人賞(令和1年/2019年度)『スワン』
第73回日本推理作家協会賞[長編及び連作短編集部門](令和2年/2020年)『スワン』
|候補| 第165回直木賞(令和3年/2021年上期)『おれたちの歌をうたえ』
|候補| 第167回直木賞(令和4年/2022年上期)『爆弾』