しあわせの径~本とアートと音楽と

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校正の仕事が好きでタフでなければ...牟田都子著「文にあたる」を読みました

文にあたる    牟田 都子    亜紀書房

今年の大学共通テスト(世界史)の問題で、科挙の「挙」を「拳」の字にして「科拳」と印刷してしまった誤植があったそうです。よく似た字ですが「科拳」では意味をなしません。「科挙」だと解っているのにこの問題がノーカウントになるのは、受験生にとってはやるせないことですが、テスト事務局や出題者や印刷の担当者もその1字に心を痛めていることでしょう。

さて、昨夏に出版され新聞や雑誌の書評欄に頻繁に取り上げられていた「文にあたる」を読みました。書いたのは牟田都子というフリーの校正者で、著者の深いキャリアに基いた校正にまつわるエッセイが綴られています。

私は読む速度が遅くて、そのせいか時々誤植を発見します。確か去年に新刊で見つけた場合は、そのことを出版社に連絡しようかと思ったのですが、もうだれかが連絡してるだろうとスルーしてしまいました。読み手からすれば大したことではない誤植でしたが、校正に携わっている人にとっては、痛恨と屈辱の誤植なのだろうと、本書を読んであらためて思いました。

校正というのは誤植を発見するだけではないことは知ってるつもりでしたが、そこまでする?という事例が多くあって、大変な仕事だなあ認識しました。

本書に紹介された印象的なエピソードを一つ紹介。

福岡伸一のベストセラー「生物と無生物のあいだ 」の冒頭に、NYのハドソン川を往く船上から見える摩天楼などの風景の描写がありますが、担当の校正者がその冒頭の描写について訂正を入れたそうです。「NYの地図で調べましたが、船上から見えてくる建物の順序が違っています」という指摘だったようです。

福岡伸一のその描写は真実ではなかったそうですが、原文のまま出版されました。私もその冒頭箇所は覚えていますが、著者の赴任先のNYを印象的にとらえた良い「つかみ」箇所でした。

校正者にすれば、「科学書に嘘はアカンでしょ」と綿密に調べたのでしょうが、そこまでテリトリーを広げる必要があるのか、大変な仕事だなあと思ってしまいます。

著者自身のエピソードでは、とある漢文の口語訳の部分について著者に指摘しようかどうかを思い悩むエピソードが印象的でした。

その原稿の主は権威だし逆らうことにならないかと思い悩んだ結果、黙っていて「なぜ指摘してくれなかったの」となるよりましだと彼女はエンピツを入れたのでした。そして彼女のエンピツのとおり本は出版されたようです。

石原さとみのドラマでの楽しそうな仕事ぶりを見て、校正の仕事は面白そう・自分に合ってそうと思っていたし他人に言ったこともあるのですが、それは錯覚でした。

そこまでやるかという仕事内容で、フリーの校正者なら「1字0.5円」という相場(本書の情報ではない)だとして、12万字程度とされる1冊の担当報酬は6万円。1冊に2週間くらいの期日が要る仕事だそうですので、やりがいがなければ、好きでなければ、タフでなければやっている意味がないくらい大変な仕事だと思います。

本にかかわるなら、著者(価格の8~10%程度の印税)に限るというを結論にしようかと思いましたが、1000円の本が1000冊売れて印税10%で10万円の収入ですから、これまた好きでなければ近づかない方がいい職種かもしれませんね(笑)。

でも、本書を通して客観的に校正のお仕事を見ている分には、とても楽しいしスリリングなものでした。うんちく話でない実体験に基く本作りのさまざまな話が満載で、80冊近い参考文献の引用例が豊富で多彩で、プロフェショナル!な、1冊12万字でありました。

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