
書評に多く登場した窪田新之助の「対馬の海に沈む」を読了しました。
本を読み終えるまでの間、行ったことのない対馬を著者とともに歩き回りました。
本書、冒頭でJA対馬の男性職員Nが車ごと海に転落し亡くなります。Nは、JAの中ではとても有能で有名なLA(ライフアドバイザー)で、JA共済(保険)の契約金額が何年にもわたって日本一の男でした。
人口3万人ほどの対馬で、Nが獲得した契約者数が4000人を超えるという、日本一のSLA(スーパーライフアドバイザー)でありました。しかも、契約件数の更新数(獲得数)が毎年日本一で、そのほとんどが島内の住民でした。
その有能だったNが、対馬の海に沈んでしまったんです。
著者の窪田は、JA対馬で起こったNの死亡事故or事件を追って対馬に入りました。窪田はJAグループの日本農業新聞の元記者でしたので、JAにかかる事業について精通しているし、「農協の闇(くらやみ)」(講談社現代新書)という告発ルポも書いているので、JA対馬で何があったのか、何かがあったはずだ、と異臭を察知したのだったと想像できます。
いくらローカルな国境の島で、ライバルの保険会社や郵便局なども存在するであろう対馬で、島民の人口の1割以上の契約者数をJAの一職員が独り占めすることがありうるのだろうかと、JAの「闇」に精通している著者でなくとも訝しく思うわけです。
ということで、対馬(これが意外に広い)を著者は駆け巡り、関係者に取材をかけます。
これは、対馬で顕在化したJAが地方組織に強制する厳しいノルマに関係するルポと、それに翻弄された人たちと、ノルマを達成するための不正や欺瞞を明らかにした渾身のルポです。
ノルマはJAだけの問題でも、対馬だけの問題でもなく、ありとあらゆる企業の問題でもあるでしょうし、マルチ商法はもとより、消滅した中古車販売会社の例を挙げるまでもなく、詐欺まがいの取引が日本全国津々浦々にはびこっています。対馬がそうなのですから全国的な問題であることを意識しながら、本書を読了しました。
日本中にまん延する「ノルマ」の呪縛から覚醒するための優れた一冊でしょう。
日本学術会議に入ることを拒否された加藤陽子ほか、姜尚中、藤沢周、堀川惠子(近著に「透析を止めた日」)、森達也の選考委員により、本書は2024年の第22回開高健ノンフィクション賞を受賞しました。
【あらすじ】
人口わずか3万人の長崎県の離島で、日本一の実績を誇り「JAの神様」と呼ばれた男が、自らが運転する車で海に転落し溺死した。44歳という若さだった。彼には巨額の横領の疑いがあったが、果たしてこれは彼一人の悪事だったのか………? 職員の不可解な死をきっかけに、営業ノルマというJAの構造上の問題と、「金」をめぐる人間模様をえぐりだした、衝撃のノンフィクション。
【選考委員 大絶賛!】
ノンフィクションが人間の淋しさを描く器となれた、記念すべき作品である。──加藤陽子 (東京大学教授・歴史学者)
取材の執拗なほどの粘着さと緻密さ、読む者を引き込む力の点で抜きん出ていた。──姜尚中 (政治学者)
徹底した取材と人の内なる声を聞く聴力。受賞作に推す。──藤沢 周 (作家)
地を這う取材と丁寧な資料の読み込みでスクープをものにした。──堀川惠子 (ノンフィクション作家)
圧巻だった。調査報道の見本だ。最優秀な作品として推すことに全く異論はない。──森 達也 (映画監督・作家)
(五十音順・選評より)