
ルポ 秀和幡ヶ谷レジデンス 栗田シメイ 毎日新聞出版
渋谷での物件の相場が、ここだけ著しく低い秀和幡ヶ谷レジデンス(約300戸)。
築60年で新宿駅から2駅の京王線幡ヶ谷駅(渋谷区)から徒歩4分という好立地で、世間の相場は広さ35平米で3500万のところ、なぜかここだけ1500万円という安さ。
高級マンションの元祖的存在の秀和シリーズは、幡ヶ谷レジデンスだけが格安価格で、本書を読み進むうちにその謎が解けてきます。
長年「無投票」で選ばれて管理組合に君臨する理事長とその周辺の理事による独自の規則を強制され、管理費が1.7倍に値上げされることになって、ようやく住民側に抵抗勢力が芽生えるところからこのルポルタージュが始まります。
悪徳理事たちの目的は何?バックはだれ?金の流れはどんなん?などと興味が湧いてきますが、それにしてもこういう興味深い素材があるなんて、さすがはビッグシティ東京なのであります。
Netflixの「地面師たち」は、実話に基づいたプロ集団による不動産詐欺事件でしたが、実話ドラマ「秀和幡ヶ谷」も読み物としてスリルを堪能できます。
あくまでも自主管理を謳う管理組合と、彼らに対峙すべく組織された住民の会の戦いは、切った張ったの闘いではなくて、60代の勤勉な女性リーダー手島を中心とした、経営者や弁護士や専門家などの共同戦線によるいわば情報戦でした。
300戸を要するマンションですから、住民・区分所有者にはさまざまなキャリアを持つ人たちがいて、住民側は紆余曲折を繰り返しながらも、「ザ・クライマックス」に至るまで、知的忍耐力を駆使した情報戦を構築していきます。その「無血クーデター」への過程が面白くてスリリングでした。
日本の縮図がここ秀和幡ヶ谷に見ることができるのではないでしょうか。
本書の帯には〈そこは、通称「渋谷の北朝鮮!」〉と書かれていますが、まさに国や自治体の政治権力者たちを野放図にしておくと、閣議決定や多数決さえ経ない悪法を作ってしまい、秀和幡ヶ谷のように知らないうちにとんでもない行政期間・会社組織・コミュニティなどがいつの間にか形成されてしまいます。それらを是正修正弾劾するには、大変な労力とコストを要することになってしまいます。
本書を読んで私たちは、「無関心が独裁者を作ってしまう」ことを追認してしまうわけですが、それでも真っ当な住民たち、「難しい話ではなく、人の道を外れたようなふざけた奴が許せない性分なんです」というような人物が現れてくるところが、まだまだ世の中捨てたものではないな、ということのようであります。
著者の栗田は兵庫県生まれのまだ30代のフリーライターですが、これからももっと面白い実録物を探して大きくなっていってほしいものです。