「マルチの子」 西尾潤(著) 徳間書店
マルチビジネスのど真ん中にいる22歳の真瑠子(まるこ)が主人公の小説のご紹介。
コロナ禍以前、男3人でJR大阪駅周辺でランチの後にカフェで数時間過ごしていると、不思議な集団によく遭遇した。
30~40代くらいの女性のテーブルに、学生くらいの若い男女がカフェで注文した飲み物を手に入れ代わり立ち代わりやって来て話をしている。
この集団は何なんだろうとずっと訝しく思っていたのだが、我々が下した結論はたぶんマルチビジネスのグループで、ボス的な女性にハッパをかけられたりグループに引き入れられている図だというもの。
いま、その想像はおそらく正解だったと思うのは、本作には全く同じようなシーンが登場するからだった。
マルチのことは、ネズミ講に似たシステムだと断片的に知っている程度だが、「マルチの子」を読み進めるうちにマルチの全容や実態が網羅的に見えてくる。
かなり細部にわたってリアルに描いているように感じて、なかなか綿密な取材を重ねているなと感心していたら、読後に著者自身が20歳のころから2年半の間どっぷりマルチにハマっていたことが判った。
著者の西尾潤は、マルチで月収が7桁になったこともあり、配下のグループの人数が800人を数えるまでになっていたそうだが、やがて地獄も経験して今は堅気の小説家になっている。
西尾は大阪市出身で、この小説の中心となる場所は大阪駅周辺のカフェやオフィスだから、私としてもリアルな設定となっている。もしかすると、実際に私が見た大阪駅近くのカフェで若い男女の面談をしていた女性が著者の西尾だったかもしれない。
こういう小説にすると、主人公への思い入れから実態がよく分かり警鐘がはっきり聴こえてくる。
リアルな話、私はカフェで話を聞いていた若者たちに「手を引きなさい」と目覚めさせることはできなかったが、残念なのは、たぶん本作のような小説など読まない子たちがマルチ商法にからめとられるような気がすることだ。
闇社会は奥深くて、小説で接するに限るのだった。