木挽町のあだ討ち 永井紗耶子 (著) 新潮社
【あらすじ】
ある雪の降る夜に芝居小屋のすぐそばで、美しい若衆・菊之助による仇討ちがみごとに成し遂げられた。父親を殺めた下男を斬り、その血まみれの首を高くかかげた快挙はたくさんの人々から賞賛された。二年の後、菊之助の縁者だというひとりの侍が仇討ちの顚末を知りたいと、芝居小屋を訪れるが――。新田次郎文学賞など三冠の『商う狼』、直木賞候補作『女人入眼』で今もっとも注目される時代・歴史小説家による、現代人を勇気づける令和の革命的傑作誕生!
直木賞と山本周五郎賞をダブル受賞した永井紗耶子著「木挽町のあだ討ち」を読みました。
読む前から、講談のような語り口で展開される仇討の一部始終が描かれた物語だろうと勝手に思っていて、それは面白くないはずがないと読み始めると、冒頭で菊之助による仇討の場面の詳細を報せる一枚の読売(瓦版)が掲載されていて、これはどうなっていくんだ?と意外な展開になりました。
二年後、菊之助と同郷の若い侍が、木挽町の芝居小屋で仇討のあらましについて聞き込みを始めるところから本編は始まります。
芝居小屋の前で起きた仇討を目撃した小屋で働く人たち、木戸芸者、立師、衣装係、小道具、戯作者たちが章立てで登場しそれぞれが証言します。
また、芝居(今でいう歌舞伎)について無恥な聞き手の田舎侍に、芝居のいろはを教えてくれ、それは私たち読み手にも届いてくることになり親切設計となっています。
浄瑠璃の清元の始祖清元延寿太夫(1777年 安永6年 - 1825年 文政8年)や有名な大坂の戯作者並木五瓶(1747年 延享4年 - 1808年 文化5年)が実際にいた時代の話で、並木五瓶にいたっては、大阪弁を扱う生身の戯作者としてゲスト出演します。
また、芝居小屋の彼らは自分たちの来し方を語ってくれ、それが短編小説のように興味深いエピソードとなっていて、さまざま彼らの半生を楽しめるとともに、この物語の驚愕の最終章への伏線にもなっていたことを知ることとなります。
圧巻の最終章は、実はそういうこともさもありなんと予想できていた節もあったのですが、終章の最後の一歩手前で「あっ」とあることを気づかされることになり、うれしくなります。
最近の私は、文学賞の受賞作や候補作を読むことが多くなっていて、文学賞の選考委員たちが比較的若くて優れた書き手であることから、彼らの慧眼を信じていて、実際受賞作は面白い秀作揃いであると思っています。もちろん「木挽町のあだ討ち」も例外ではありませんでした。
選考委員評は、ブログと読書メーターの感想を書いたのち読むことにしていて、いまからだれがどのように評価したのか楽しみであります。
本作は、歌舞伎の和事や荒事の要素もありますが、「仮名手本忠臣蔵」を代表とする「実事(じつごと)」の要素が多く、人のありようを考えさせられる哲学的な趣きがたっぷり含まれていると感じました。
200年前の江戸の物語は、生まれて愛して死んでいく今の私たちの人生と何も変わらない世界観がそこにあり、いつの世にも唾棄すべき堕落した不潔な人間がいれば、艱難を経験して物事に囚われずたおやかに生きていく高潔な人々もいて、その双方が登場します。
格調高い爽やかな実事ミステリーでした。多くの人に楽しんでいただきたい一冊であります。◎
◆選考委員(2023年時点)
〇山本周五郎賞
伊坂幸太郎、今野敏、江國香織、荻原浩、三浦しをん
〇直木三十五賞
浅田次郎、伊集院静、角田光代、京極夏彦、桐野夏生、高村薫、林真理子、三浦しをん、宮部みゆき