しあわせの径~本とアートと音楽と

読書、アート、音楽、映画・ドラマ・スポーツなどについてさくっと語ります

乗代雄介の「それは誠」を読了。心温まる小説でした。

それは誠   乗代雄介  文藝春秋

第169回芥川賞候補作に選ばれた、いま最も期待を集める作家の最新中編小説。修学旅行で東京を訪れた高校生たちが、コースを外れた小さな冒険を試みる。その一日の、なにげない会話や出来事から、生の輝きが浮かび上がり、えも言われぬ感動がこみ上げる名編。

また良い小説と出会えました。

心温まる良い小説ばかり期待しているわけではないにも拘わらず、じわっと涙が出てくる展開にはめられてしまいました。

「それは誠」は、とある地方の進学校(私学)の高校生佐田誠の一人称で書かれた小説で、東京での修学旅行の自由行動日をめぐる顛末を「誠が見た思い出」として本書に表した形式をとっています。

友達がいない誠を含む男子4人、女子4人で編成された班が、修学旅行を前に自由行動日の計画案を練る段階から本作は始まります。

冒頭から少しカオス状態で、誠はそのもようを心の中で舌打ちしながら見ているようなところがあり、それらの綿密な描写が続きます。半世紀以上前の高校生である私は、少しついていけなくてめまいを覚えていました。

それでも、7人めいめいが自由行動で行きたいところを出し合って、綿密なタイムテーブルによる自由行動計画が完成をみます。その立派な計画書は学校から承認を受けるのですが、あろうことか佐田誠だけは班と別行動を取ることになります。

メンバーの男子は、誠の自由行動に興味があったり、誠がホテルに時間通りに帰ってくるための監視やサポートの意味合いもあって、結局4人が同じ行動をとることになります。

班員に学費を免除されている学業優秀な蔵並という特待生男子がいるのですが、班の行動で一部「掟破り」があったことがバレると特待生を外されかねないリスクがあり、なんどか、「ああ、蔵並の特待が消滅する...」みたいなスリリングな楽しい場面も登場します。

仲の良い少年たちの楽しい冒険譚ならよくある話なのですが、即席で編成された友だちでも何でもない4人組の距離感が微妙かつ独特で、この4人組の関係性が一日で徐々に変化していく過程を面白く読みました。

身勝手な高校男子に限ったことではありませんが、本作に登場した男子高校生4人+3人の女子高校生の編成部隊が、心の距離を縮めていくために必要な要素は、網目のようにつながった社会の人間関係から自分に向けられたいく筋かの温かいまなざしを感じとれるかどうかということでした。

そのような体験が、あたらしくて柔らかな関係性を紡いでいくことになるようです。

本作での自由行動班のメンバーや血族や先生や家族などの小さな人間関係からのさりげない温かさを、私たち読み手が少しでも感じ取れればそれは幸せな読書体験となると思いました。