しあわせの径~本とアートと音楽と

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アンニュイな小説家鈴木涼美の「グレイスレス」を読みました

グレイスレス    鈴木涼美   文藝春秋

鈴木涼美の小説「グレイスレス」を読みました。著者の作品は初読みでした。

主人公の聖月(みづき)はアダルトビデオ業界で女優のメイクをする仕事に従事しています。優美でない(グレイスレス)な現場で臨場感ある仕事場風景を、主人公が一人称で語ります。

撮影現場には男もいますが、主人公とのやり取りや会話の相手はほぼポルノ女優で、彼女たちに相応しい化粧を施す合間に、彼女たちの切実だったりたわいもない会話が登場します。

会話と会話の間には、その会話のエピソードにまつわる長い文章が挿入されますが、時にそれが1ページにもなることがあり、どんな会話をしていたんだっけと直前の「 」の内容をもう一度読まされることになります。

著者の鈴木涼美は、元AV女優であり元日本経済新聞社記者であり、おそらく日本の小説家でもっともユニークなキャリアを持っていて、ベテラン女優とのツーカーな会話や、新人女優の撮影の顛末のかなりきわどいドタバタ描写や、女優たちへの綿密なテクニカルなメイクの過程も、すべて著者の現場体験から書き起こされ編み出されていて、見知らぬなだらかなリアリティーを体験できます。

一方、職場を離れた主人公のプライベートは、東京から離れた瀟洒な西洋建築の自宅で同居している母方の祖母との日常や、海外で暮らす両親のエピソードが語られます。

彼女のファミリーは裕福で知的で芸術的で自由で、妬みを覚えるほどグレイスな雰囲気で、それが家父長制と距離を置いていて、主人公の心の支柱が何によって立っているのかが見えてきます。

著者の鈴木はメイクを施してもらっていた実体験者ではありますが、おそらく、主人公と著者は出自やキャリアはほぼ等身大の女性だということは容易に想像できます。

本作にはほとんど男は登場しませんが、そのためか「グレイスレス」な要素が極力取り除かれていて知的で自由で、心地よい読書を楽しめました。

私は、まだ本を読む前にYoutubeで小説家鈴木涼美の姿かたちや語りを何度か見たことがあって、自由でいてアンニュイな感じに好感を持っていたのですが、彼女の小説世界も好きになりました。

本作は、第168回(2022年下半期)の芥川賞候補作でありました。第167回で候補になった鈴木の「ギフテッド」も読むつもりでいます。◎