しあわせの径~本とアートと音楽と

読書、アート、音楽、映画・ドラマ・スポーツなどについてさくっと語ります

広く読まれたい市川沙央の「ハンチバック」

ハンチバック 市川沙央  文藝春秋

今年最後に読了した本は、市川沙央の「ハンチバック」でした。

ハンチバック(せむし)の意味も知らずに読み始めたのですが、著者が筋力などが低下する筋疾患を持った女性だということは知っていました。私には、市川は実年齢(44歳)よりももっと若い人物に見えていました。

本作の主人公は井沢釈華(しゃか)という40代の重度障害者で、亡き両親が建てたグループホームで介護を受けながら生活をしています。

釈華は、両親が採用した専任の介護担当者を得て、グループホームの自室で介護ケアを受けられ、かろうじてではあるもののPCは扱え「紙の本」も読めるのですが、健常者のそういった行為の何倍も何十倍もの困難さを伴う日常を過ごしています。

両親が遺した潤沢な資金で経済的にはなに不自由なく釈華は生活できていますが、相当際どいアダルト小説やエロ記事をウェブに書いて収入を得て、その収入はフードバンクなど社会性のある寄付に使っています。

本作の冒頭、主人公が書いた際どい体験エロ記事のくだりが載っていて(当然にコタツ記事です)、なかなかインパクトがあるのですが、主人公のベッド周辺での重い暮らしぶりや主人公の心のつぶやきは、もっとインパクトのあるものになっています。

とりわけ、とっても嫌な人間の代表格というべき介護士の「田中さん」とのやり取りがスリリングでした。

その嫌な田中さんは、あるとき臨時で主人公の入浴の担当となります。通常は、女性の介護は女性が担当しますが、人のやりくりの都合で田中さんがその日の入浴の担当になってしまいました。

これ以上書くとネタバレになるのでやめますが、入浴介護を受けた後の田中さんと釈華とのやり取りは、もっと長く続けてほしいと思ってしまいました。

滅茶苦茶仲の悪い漫才師の漫才はあまり面白くありませんが、釈華と田中さんのやり取りは文学ならではの醜さが薄まる上品なものでありました。

重度障害者が自分やその周辺を包み隠さず語ると、おそらくこういった小説の核になって私たちに具体的に語りかけてくることになるのでしょう。これらは厳しくて、見たくない・知りたくない人たちも居るでしょうが、チャンネルを合わせてくれる人たちも多くいて大事に捉えてくれることでしょう。

身体的には、言うまでもなく主人公の釈華は著者の分身ですが、著者市川がどのような暮らしぶりなのかは今時点で私は知りませんし、デビュー作である「ハンチバック」で知り得る限り、目と耳と脳によるデータストックは膨大だと感じられ、彼女の指先で紡がれるであろうこれからの小説が楽しみです。

取りあえずは、まず本作を読んでいただきたく思うのであります。