さわやかで柔らかくて鮮やかな松家仁之の「泡」を読みました

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 松家 仁之  (著)  集英社

今年の春以降、新聞や週刊誌の書評に、待ってましたとばかりにこの作家の新作「泡(あわ)」が取り上げられていた。初めて知った作家の小説を半ば興味本位で読んでみて、結果、本年の私的ベスト3の一つに確定した。

主人公は東京に暮らす不登校の高校2年生の薫。彼がひと夏の経験をするのが、大叔父の兼定(かねさだ)が営む和歌山の海辺のジャズ喫茶。

時代は70年代で、本作は私小説ではないそうだが、1958年生まれの著者松家仁之(まさし)が主人公の薫と同じ高2時代のころの物語である。

小説の冒頭で具体的な「泡」が主人公の周辺で「おっ」と登場するが、本作のタイトルの「泡」は具体的な泡の形で登場したり、さまざまな比喩の意味が含まれて本文に登場する。人生や青春そのものが「泡」のようでもある。

人間不信に近い状況だった薫は、和歌山の海辺の町(モデルは海水浴と温泉の町白浜町)でさまざまな人達や音楽と交わり、妄想的な恋まで経験する。

その薫のエピソードと独立して、大叔父である兼定(生まれは1915年前後か)のシベリアの厳しい抑留生活や戦後の彼の理不尽な物語が混じり合いながら、本作はさらに重厚感を増していく。

シベリア帰りを「アカ」と呼んだ時代があったことをこの作品が記録しているが、いつの時代にも酷い人たちが存在していたことをさらっと記録にとどめているのだった。

兼定が石持て追われるように逃避した先は、シベリア抑留時代の戦友の故郷の和歌山だった。兼定も薫も、そして店を手伝う岡田という若い男も、黒潮を逆流するように東京から流れ着いたのだった。

薫と兼定と岡田の3人の男と、彼らを取り巻く世間、家族、音楽、戦争にまつわるエピソードがしっとりとしたタッチで品よく描かれる。

70年代に世間やジャズと出会った私は、本書の行間を離れてしばしば当時にタイムスリップした。全体を包むやわらかい質感のあざやかな文章に接して、なぜか何度か目頭が熱くなった。

私のなかにまだとどまっている若い頃に生成された「泡」が、プチップツッと体外に出てきた感じがしてさわやかだった。

まだアナログの時代のお話だが、現代に置き換えても全く違和感がなく、同じ人間たちの立ち姿を見ることができる物語なのだった。

 

松家 仁之(まついえ まさし、1958年12月5日 - )プロフィール
東京都生まれ。1979年、早稲田大学在学中に『夜の樹』で第48回文學界新人賞佳作に選ばれ、『文學界』にてデビュー。卒業後新潮社に入社。1998年、「新潮クレスト・ブックス」創刊。2002年、季刊総合誌『考える人』を創刊、編集長となる。2006年より「芸術新潮」編集長を兼務し、2010年6月退職。